
お菓子すら満足に食べられない子供たちがいる。
お寺から届くおやつをいつかな~と楽しみに待つ子供たちがいる。
お母さんが病気で毎日朝ごはんも食べないで学校に通う子供たちがいる。
死にたいようなつらい悩みも聞いてもらえない子供たちがたくさんいたら。
この2つのサイトを見てあなたはどんな感情が出てくるだろうか?そして行動するだろうか?
自戒も含め、あなたが今の子供たちの置かれている現状を再認識できれば、それだけでも幸いなことだと思います。
私が2つのサイトをご紹介しようと思った理由
2016年のとある休日、私はコンビニでチョコレートとポテトチップスとジュースを買い、それを食べながら家でパソコンで検索しているうちにこのサイトを見てしまったのです。
http://otera-oyatsu.club/(おてらおやつクラブ)
このサイトのページを見ているうちに、あまりの衝撃に私はお菓子を食べる手が止まってしまいました。
えっ?お菓子も食べられない子供たちがたくさんいる?そう思ったときに、とても寂しいような悲しいような、なんとも言えない感情がドッと押し寄せてきたのを今でもはっきり覚えています。
このサイトはお寺が中心となって、お菓子すら満足に食べられない状況(経済的に困難な)の子供たちに、支援者から集められたお菓子(その他も)を贈るという活動をしているのです。
情報記載の間違いがあってはならないので詳細はhttp://otera-oyatsu.club/(おてらおやつクラブ)で確認していただきたい。
私がここで詳細をお知らせするよりも、実際に訪れたほうがあなたの心に訴えかけるものがあるだろうから・・・
ただ、現時点で、届くおやつを楽しみに待つ子供たちが4,400人以上いるという事実はお伝えしておこうと思います。
次にご紹介するのがチャイルドライン。
チャイルドラインhttp://childline.or.jp/
このサイトは18歳までの子供たちが、家庭や学校での悩み事を電話やメールで専門の相談員に話を聞いてもらえるのです。
「チャイルドラインに寄せられた声」を読むだけでも胸がキューと締め付けられてしまいます。
※以下、チャイルドラインより転載
・お母さんが病気で、ずっと寝ている。朝ご飯はたいてい食べないで学校に行く。学校が終わったら友達の家で遊んでいるんだけど、友達のうちはうらやましい・・・
・パパとママがいなくて、今夜もひとり、さみしいなあ。どうしてうちはこうなんだろう。
・僕が何もしていないのに、教室で歩いていると足をかけてくる。背中をバーンって強く殴られることもある。この間は、大切にしていた筆箱が壊された。給食に消しゴムのかすを入れられたこともある。
・仲よかった友達がこの頃私を避けているみたいで悩んでいるんですけど。みんなで話していても私がいくと黙ってしまうし…。この間、他のグループの子が、私の陰口を言っているよって教えてくれたんだけど、私は何を言われているのかわからなくて心配で。私は何も悪いことしていないのになんでだろう。
・うちは貧乏なんです。みんなかわいいものとか持っていて、いいなって思うけれど、買ってほしいとは言えません。お母さんいつも疲れているのであまり話ができない日もあって、私がいることで迷惑かけているのではないかと考えてしまいます。
転載ここまで。
相談員が話を聞くだけですべてを解決できるわけではないでしょうが、「電話をして聞いてもらってよかった。嬉しかった。気持ちが楽になった。」という子供たちがたくさんいるようです。
この章の最後ですが、私はみなさんにこういう子供たちの現状があるのということに改めて気づいてもらいたいからです。
もちろん私も「おてらおやつクラブ」「チャイルドライン」にもお菓子を届けたり、運営費の寄付はしています。でもほんの少しでしかありません。一人の力は微々たるものです。
ですので、2つのサイトを訪問して感じたものがある方には、少しでも子供たちの力になってもらいたいからです。
逆境に置かれた子供が感じる喜びは私たちの想像をはるかに超えるかもしれない
ちょっと想像してみてください。
食べられなかったおやつを久しぶりに食べられた子供の喜ぶ笑顔を!親にも聞いてもらえなかった悩みをやっと聞いてもらえた安堵感を!
私はこの2つのサイトを見たときに、自分は喜びや感激するということを大きくはき違えているかもしれないと気づかされたんですよ。
それはですね、本来喜びには大きな喜びや小さな喜びはないということ!ただ私たちがこれは大きく喜べる、これはあまり喜べないと自分で条件付けしているだけだと。
どうしてそんな気づきが起こったかといいますと、お寺から届くおやつを楽しみに待っている子供の顔、誰にも聞いてもらえなかった悩みを聞いてもらえた子供の安堵した気持ちを思い浮かべると、私にも同じよう喜びが湧き上がってきたからです。逆に私たちは子供たちから大きな喜びをいただいているんですよ。
私たちは、その子たちに届けるお菓子を買っている時点で、悩みを聞く運営費を送った時点で、子供たちが感じる喜びそのものを共有している!私はそう感じました。
私たちが小さなことと思っていることに大きな喜びを感じることのできる子供たちの感情は、条件付けに慣れきっている私たちの感情と比べると、比較にならないほど大きく豊かなものなのではないでしょうか?
そしてその子供たちが、ごくありふれた事象のなかに大きな喜びを感じる感受性をたもったまま育つことと、今、当たり前となってしまった事象の中で改めて喜びを感じることのできる子供が増えていくことを願ってこのページを終わりたいと思います。
最後までお読みくださりまして、まとこにありがとうございました。
